進化から見た病気

進化から見た病気 / 栃内新

進化から見た病気―「ダーウィン医学」のすすめ (ブルーバックス)

進化から見た病気―「ダーウィン医学」のすすめ (ブルーバックス)


■進化と病気
「進化」という言葉は「進歩」「バージョンアップ」などのプラスへ直線的に前進するような言葉と同義に近いというイメージがありましたが、実際はそんなことはなく「最適化」に近い言葉なんだなぁ、としみじみと感じました。


人間のみならず生物にとって病気は不都合なマイナス・ポイントです。健康で長寿な人生を送りたい、病気に罹らなくて済むなら罹りたくない。それが生物として当然の本能でしょう。そういった意味で健康を阻害する病気はマイナス以外のなにものでもありません。
しかし、私たちが罹る病気の原因は何かと考えると、ウィルスや細菌といった外部存在に全てを委ねることはできません。言ってしまえば、病気の原因は、過去に祖先が選択して得たものですから。人間側が病気の誘因要素をわざわざ選択して抱えているなんて馬鹿馬鹿しいと思うかも知れませんが、どうやら事実のようです。


■進化と環境変化
本書が扱っているダーウィン医学によると、人間の体を調べればいくつもの進化の跡を見つけられるようです。その進化の跡が病気に繋がります。


現代の先進国では飽食が当然で生活習慣病、糖尿病が至近な病と謳われていますが、その病の原因となる性質は果てしなく続いてきた飢餓の時代に自然淘汰のふるいに掛けられないために得た性質でした。
それは省エネルギー体質です。エネルギー源が豊富にない時代にとっては、消費カロリーが激しい生物は生存可能性、繁殖可能性が低く、逆にカロリー消費を抑えられるタイプの生物が優位にたちます。
時代が変わり、エネルギー源が過剰になってしまった現代ではその省エネルギー体質がエネルギーを溜め込む(脂肪を溜め込む)原因となって、人間に不都合な結果となりました。


生活習慣病、糖尿病の他にも、あらゆる病気には原因としてそれなりに合理性を基盤とした仕方ない部分があるようです。例えば人間に害する細菌やウィルスはよく騒がれますが、その細菌やウィルスでさえ、その共生関係のバランスを正すための時間がまだあまり経過していないために偏りが生じているだけ、ということも多いらしいです。寄生しなければ繁殖できない存在が宿主を殺そうとするのは理にかなっていないのですから(一部は宿主を食い殺したりもしますが)。


ダーウィン医学とは
環境は直線的に変化するわけではありません。気温の寒暖、食糧の多少のように波状のように変化します。一方で、進化は各時代、各環境に場当たり的に「最適化」してしまいます。当座のこととして、それが生物として有利だから進化(最適化)するのです。
そのような過去の進化が現在の私たちにどのような影響を及ぼし、病気として関係してくるか。そういったことを研究するのが、本書で紹介されているダーウィン医学です。


ダーウィンは知られているように『種の起源』を著した進化論の創始者である偉大な生物学者です。医学に進化論を取り入れたこの学問は、そのダーウィンの名を取り入れてダーウィン医学と呼ばれています。


医学は古代ローマの時代から、理論的・学術的志向よりも技術的志向が強い学問分野でした。技術的志向が強いというのは、理論と実態に隔絶がある場合に、実態を優先するという意味です。
そのせいか、「なぜ病気があるのか」という根本的ですが理論的性向が強い疑念は学問として本格的に研究されてはこなかったようです。「なぜあるのか」を問うよりも「どうすればいいのか」という、HowTo優先の性格からすれば、そんな疑問は無駄に近いと考えていたのでしょうか。
しかし、20世紀後半になって理論的性向が強い進化論(生物学)と医学との融合が果たされることになったのです。「なぜ」を問う進化論と、「どうすれば」を問う医学の融合によって、急場を凌ぐために実態に対処するもののその深奥の原因には対処できない医学の弱点を、進化論からの知見を利用して根本原因を探り医学の弱点を補うことを目的としています。


■バラエティに富んだテーマと軽快な文章
現実生活において、役に立つのはマニュアル的な医学の方ですが、趣味として本を読む私としては物語るように説明する進化論、ダーウィン医学の方が好みです。マニュアル本は無味乾燥で心が動くことがない、と自分が考えているからかもしれないです。そんな理由もあり、医学に興味はありませんが、もう少しダーウィン医学の類書を読んでみようと意気が高まりました。


そんな意気が高まったのも本書の書き方が柔らかく丁寧だったおかげです。ブルーバックス新書は硬いイメージがあったので抵抗があったものの、読んでみると本書は別に硬くはないですね。話が無駄に細部に入ることはなく、読者が興味を持ちそうな箇所を上手にピックアップして解説する著者の手腕が素晴らしいです。


ダーウィン医学の概要
・人間と病気の関係の歴史
感染症と進化競争
・環境変化と文明病
・遺伝病
トレードオフ進化
・先端医療とヒトの進化
・老化と進化


上記が本書の大体の内容となりますが、私が特に興味をもったのは人間と病気の関係の歴史の箇所です。歴史好きなところが関係しているのかもしれませんね。
薄い紙面の中に以上の内容が詰め込まれているわけですが、何となくダーウィン医学とはどのようなものなのか大雑把に把握できた気がします。


本書の紹介は以上で終わりですが、本書は医学というよりは進化論に興味がある人ならば楽しく読めると思います。私は非常に満足でした。是非多くの人に読んでほしい良書です。