転職は1億円損をする

大学生の新卒のうち、3年以内に会社を辞める人は3割いると言います。高卒中卒はそれを上回って5割を超えるという言説がありますが、早期退職者がこれほど高率なのが日本においての労働環境の実際のようです。ですがその転職者は実際のところ以前よりも好条件を掴んでいるのか悪条件に堕してしまうのか興味がありました(まぁ悪条件に傾くのは目に見えているのですが。ただ具体的な多寡は知らないので)。そんなわけで本書を手にしたのです。


転職は1億円損をする (角川oneテーマ21)

転職は1億円損をする (角川oneテーマ21)


題名を見れば想像できる通り、著者のスタンスでは「転職は損する」行為です。転職が如何に不利益となるか、終始貫いて著述されています。ただし転職全てを批判しているわけではなく、早期転職、無計画な転職、それらを煽る人材ビジネス業者が主な槍玉となっています。警鐘の対象は20代、30代の「若い」労働者なのです。


それでは、ざっくばらんに本書全体の感想について言わせてもらいます。構成・論理が甘すぎます。表題にある「1億円損をする」ことが事実であるとはとても得心いきません。
1億円の内訳はどのように算出されているかというと、【40年間勤め続けた場合】の1ケースと【転職をした場合】での1ケースとを比較して労働収入、費用、福利厚生の差を累算するというものです。ですが、この個々のケースの設定が標準的とは言えないものですし、個々のケースが統計的な情報を分析しその代表的な性質を持つものを選んだわけではありません。各ケースが非常に恣意的であり、選ばれた理由が適切ではありません。


そもそも【40年勤め続けた場合】というのが、勝手に「大企業で福利厚生が日本全国でも有数の一流企業に新卒で入社」という前提を置いているのです。そんな企業に就職できる人が全国でどれほどいるか。「40年勤め続ける」という条件はそれほど珍しいものではありません。そうした人たちから統計的データを取り、適切な分析を行えば「転職をし続ける」人との差を見いだすことも可能であると思います。しかし、この本では【40年勤め続けた場合】という条件は正確には【「一流企業に」40年勤め続けた場合】であり、一方で【転職をした場合】では【中小・零細企業に転職をした場合】という前提を無言で置いています。これではそもそも語ろうとしていることから逸脱が過ぎるのです。


特に投げやりにも程があると思わざるを得なかったところは、ケースの差を算出した結果、2億円弱という値が出たのに、これらのことは話半分だから2億円を1億円にする、と強引な展開に持っていくところです。結局、緻密な論理によって構成されているわけではなく、ただ「ありそうな正社員像とありそうな転職失敗者」を挙げているだけなのです。


著者は上記の自説の根拠を、数多くのインタビュアーの回答に求めていますがそれらはあくまで例話でしかなく、確かな実証研究がない状態でそれを行っても論理は薄いままでしかありません。さらには本書全体がそのような論調によって一貫性を保っていることが絶望的なほどに著者の説に対する信頼性を落とし、結局読んだ後に残ったのは脱力感でしかありませんでした。


これは駄本と断言します。ブックオフで100円で売られていることに勝手に納得してしまいました(ブックオフの価格設定は内容の質とは関係ないようですけど)。やはり衝動で本を買うのはダメだと反省してしまいました。