海馬―脳は疲れない

現在の私の通勤時間は片道45分、電車に乗車している時間はそのうち30分程度になっています。そのために手持ちぶさたになりがちな電車の中で読書をすることが習慣になりつつあります。
そのため、安定した読書時間の結果としての読書報告、要は読み終わった本の感想・メモでも書き残しておこうと思いました。


第一弾はこちら。

海馬 脳は疲れない (新潮文庫)

海馬 脳は疲れない (新潮文庫)

私は小説と一般書を同じ割合くらいで読んでいるのですが、その一般書の中で選ぶことが多いテーマとして【意識・脳】が挙げられます。
その【意識・脳】のテーマの中で気に入っている著者を問われたら私は池谷裕二を挙げるでしょう。本書の著者はその池谷裕二(共著なので糸井重里も)です。この著者は「進化しすぎた脳」や「単純な脳、複雑な「私」」などの有名な脳科学本の著者であり、本書はその著書の一つになります。


この著書の特徴として以下のようなものが挙げられるでしょう。


1.談話を文章化しているせいか文が平易である。
2.一般人を読者として想定しているために簡素な内容に仕上がっている。
3.興味深いテーマをより選好しているので面白い。
4.新しい研究結果を積極的に取り入れていて真新しさがある。


本書もまたその特徴は踏襲されています。非常に平易で読みやすい。流れるように読み進められ理解に詰まる箇所が存在しない。特に本書は他書よりも対談形式が強調されていることもあり文章がより平易。それでいて興味を惹く数多くのテーマを数多くてぶつけてきて小気味良さを感じられる。いわばファストフードのような美味しさがある文で読者を楽しませてくれる、そんな本です。また、その数多くのテーマはハズレが少なくどれも光るところがあるテーマであるところがまた素晴らしいと言えるでしょう。例えば「脳力を薬物により上げることは可能か」「頭が良いとは何か」「脳力は時間とともに減衰するのか」などというテーマが挙げられ、知的好奇心を十分に満たすことができる本なのではないでしょうか。


私が特に気に入ったテーマとしては、前述した「知能を薬物により上げることは可能か」というテーマのところです。ネタバレとなるのですが書いておきます。結果からいうと可能みたいです。マウスによる実験によって発見されました。実験薬を投薬したマウスは迷路探索においてタイムを1/2から1/3に短縮できたそうです。
この薬は本書の題名でもある海馬という脳組織に影響をもたらすものです。海馬は記憶を司る脳組織です。ただし記憶を蓄えるのではなく、インプットされる情報にフィルターをかける機能を果たすそうです。つまりはネズミに付加された力は記憶力ということもできます。あくまで記憶力で思考力でないところがポイントらしいとか。
それでもその効果は凄まじく人間用も是非欲しい、と思ったのですがこの薬は開発を中止したそうです。その理由は簡単で倫理上の問題です。この薬が社会に出回れば社会的影響の凄まじいことは容易に想像できることだから仕方ないのかもしれません。


こういった強烈な関心を引く科学的なテーマを扱っている本書ですが、残念なところも少しあります。それは共著者である糸井重里が余計なことをべらべら喋ることで冗長さを感じてしまうことです。池谷裕二が脳の機能を述べているところで糸井重里が拡大解釈をして現実の様々なことを説明しようとするのですが、それが的外れの一言で読み飛ばしたくなることが度々ありました。ミクロの現象を安易にマクロの現象に当てはめることは慎まなければならないのに糸井は全く慎まないのです。その上、池谷よりも長く喋る。そのせいか鬱陶しさを強く感じました。残念極まりないことです。これなら池谷一人に喋らせた方がずっと良いと感じました。


文句を述べてしまってすみません。しかし、あともう一つ文句、というか気になったところを挙げておきます。それは「進化しすぎた脳」などと被る箇所が結構あったことです。実は池谷の著書は被るところが多いな、と常々思っていたのですが本書もまたそうでした。他書で説明されていないことがありましたので私はマイナスには感じませんでしたが気になる方もいるのかな、と考えて一応書いておきます。


少し貶してしまったところもありましたが悪い本ではなく、良書だと思います。上述した通り、優れているところが数多くあるので読んでみて損はないでしょう。
ところで池谷の著書を私の好きな順に並べれば
進化しすぎた脳>=単純な脳、複雑な「私」脳はなにかと言い訳する海馬記憶力を強くする
となります。
なので、もし読む本を薦めるとしたら前からとなりますが、本書も読む機会があったら読んでみることをお勧めします。脳は、人間の体の中で特に謎が多い部位でありますので興味が尽きません。なので誰が読んでも楽しさを感じられる本ではないかなーと思いました。