ダメな議論

ダメな議論 / 飯田泰之

ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書)

ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書)

何人もの人が集い交わす議論では、参加する人たちの多様さを表わしてか千差万別な意見が数多く出てきます。その中には自分の考えでは及ばなかった貴重な意見もあれば、役に立たない意見もあるのは当然の事実です。
その議論が10人未満の小規模なものであったり議案がシンプルである場合には、現れる意見の有用度の振り分けをそれほど時間がかからず簡単にできるでしょう。しかし、ネット上で公開している議論や複雑に混ぜ合わされた議論、大人数による議論である場合にはそうはいきません。出される各意見が有効か無効かの判別が付きにくく、振り分け自体に大切な時間を浪費することになってしまう。そのような事態を防ぐために役に立つ意見役に立つか分からない意見は置いておいて役に立たないことが明白である意見をあぶり出し排除する方法に絞って説明する。それが本書です。



この無駄である言説(意見)を見つける方法とその詳細が本書の中核の内容です。その発見法(チェックポイント)は、言説のタイプによって分けて説明されているおかげで数々の状況に対処できることが期待でき、浅薄で自由度が低いという気はしませんでした。さらに多くの例が用いられているおかげで理解に詰まることはなく、すらすらと読み進められます。発見法と例説の紙面に占める割合を比べてみると、およそ半分同士か例説の方がいくらか多いくらいでしょうか。こんなバランスですから身がつまり過ぎてて読むのに疲れるということはないと思います。


本書が「使える」かどうかという観点から見ると、率直にいって「使える」本です。悪い面を見れば確かにあります。紹介されている発見法のいくつかは限定的な場面でしか使えず利用度が低かったり、また覚えていても瞬間的に使えるわけではないものもあります。しかし、いくつかの主要な発見法はシンプルかつ利用度が高く、頭に入れておけば瞬間的に対応することも可能になるものです。ですから本書に記述されている方法を全て覚えなくては無駄を排除できないというわけではないのです。つまみ食い読みでも十分に効果のある内容が散見される。読みやすく、使いやすい便利な本です。

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以下では本書の中身の一部として「解釈型の言説」を振り分ける発見法を紹介します。解釈型とはニュースや市況を解説するタイプの言説のことですね。経済雑誌などでの経済解説やニュースコメンターなどの発言を精査するために使用できる発見法ということになります。


「解釈型の言説」が無駄な意見であるか検査するためには下記の5つのチェックポイントに当て嵌まるか試します。もし当て嵌まっているチェックポイントがあれば無駄である意見、言い換えれば議論を煮詰めるにあたって考慮するに値しない意見の候補と認定されるのです。ただ1個当て嵌まるだけでは有用な意見を取り逃がす可能性が少し残りますので、1個だけなら疑わしい、2個ならほぼ確実と見ればよいでしょう。

  1. 定義の誤解・失敗があるか
  2. 無内容または反証不可能な言説
  3. 難解な理論の不安定な結論
  4. 単純なデータ観察で否定されないか
  5. 比喩と例話に支えられた主張


上から順に説明していきます。


定義の誤解・失敗があるか
そもそも議論の焦点となる用語・概念について正式な定義があり、それと矛盾したことを語っている場合にはこのチェックポイントに当て嵌まることになります。片方に定義の誤解がある場合には、双方にある用語・概念について異なった前提を重ねているために議論が纏まりにくくなります。このように正式な定義のチェックは重要であることは言うまでもありません。


無内容または反証不可能な言説
無内容なこととは高等な哲学書などから威厳のある(が、具体的に議論に関係のあるわけではない)引用文を持ち出し、議論をはぐらかす内容を持った言説のことです。偉人の言葉には格好のつく名文が数多くありますが、それがある議論を適切に動かすほどに力があるかは別のことです。論理的な根拠のある自説を持たずにただ引用文で厚化粧した言説を振り回している人には注意しなければなりません。
反証不可能な言説とは、科学の大前提である反証可能性を失っている言説です。反証とは、実験によってその仮説が間違っていることを証明することです。反証不可能な言説は、反証ができないためにそもそも間違っているかどうかも確かめられず、マルもバツも付けられません。それでは何も語っていないも同然なのは当然のことですね。


難解な理論の不安定な結論
著者は、基本的で簡素な大理論は適用範囲が広いかわりに厳密性を失っており、その厳密性を補うために理論は細分化し難解になっていくと言います。その適用範囲が狭い、つまり使いづらい理論を振り回している言説はいたずらに議論を難解なものにし、結局議論全体をはぐらかすこと結果に繋がりもします。難解な理論を適切に使っているのなら問題ないですが、ただ議論を混ぜ返したいだけの言説にはよくよく注意する必要があるでしょう。


単純なデータ観察で否定されないか
これはネット環境や資料がある場合にはすぐに使えます。正当なデータを人々があまり見ないことを利用して、勝手な印象論でデータと反している言説があります。そういった言説に惑わされないためにも、その語っていることの正当性がデータを観察することによって確かめられるなら直接自分で観察する癖をつけた方がよいです。


比喩と例話に支えられた主張
訓話やことわざが多用してあると話が納得しやすくなりますよね。十分な根拠がある言説であれば、それをより理解させるために比喩・例話を用いるのは大きなプラスになります。しかし、十分な分析もなくただ比喩と例話を元に構成された言説はそもそも科学的でもなんでもなく、ただの無駄話でしかないでしょう。そういった言説は無視するに限ります。

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以上、「解釈型の言説」を検査するための手法を紹介しました。中には使いづらいとか瞬間的に使えないというものもあります。ただ、読んで曖昧に記憶したとしても「この話はチェックポイントに完全にスルーできるようには見えないな」と考えることはできます。それだけでも無駄な意見に惑わされにくくなるでしょう。


さらにいえば、これら発見法を常に念頭に置いておくことによって、「聞く」側ではなく「話す」側になったときに、自分の語る内容がこれらのチェックポイントをスルーできるか考えることが可能になり、無駄な言説を吐き出さない人間に一歩近づくことにも繋がります。それは色々な意味でプラスに繋がるのではないでしょうか。そういったテクの一歩を考えさせてくれるという意味でも本書はお薦めだと思いました。